本文へスキップ

美しい自然・寺社・文化財の町 加茂

鋳銭司跡TEMPLES & SHRINES

 

始めて鋳銭司が設けられ、和同開珎が鋳造されたところである。
銭司の西方にある流岡山およびその東に連なる湾漂山から銭司に続く一連の山を岡田銅山と称したようであり、そこから原料の銅を採掘したようである。しかし、貧弱な銅鉱であったためすぐ枯渇してしまい必要量を供給しえなかっ。前後70年にわたって鋳銭司がおかれていた。また、金鋳山、金山、山金山、和銅、鍛冶山などという鋳銭に関係深い地名が残っている。
  
主な出土品・・・・・銅銭10数枚 坩堝(ルツボ)・・・銅を溶かす器具
鞴口片 ・・・・・送風施設の先端  銅滓・・・・・銅を溶かした残り滓

鋳銭司設置の理由
  良質の粘土が周辺の杣尾にあった。 木津川の水運の便があった。
  技術者(鋳物師)である帰化人や狛人が近くに住んでいた。
  燃料が近くの山にあった。 小規模であったが銅鉱が近くにあった。
  地理的条件があった。(各地の鋳銭場の統一的地位にあった)

鋳銭された貨幣
  和同開珎、 万年通宝、 神功海宝、 隆平永宝、 (皇朝十二銭のうち四種)

名称  鋳銭司跡
年代 和銅元年(708年)
所在地 木津川市加茂町銭司
アクセス 銭司バス停から東へ100m