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美しい自然・寺社・文化財の町 加茂

流岡山TEMPLES & SHRINES

恭仁大橋の東北木津川沿いにある丘を示します。
『続日本記』に記される『岡田銅山』とは、この流岡山およびその東につづく湾漂山をも広く称したものとみられ、山中には今なお銅鉱を有します。

山紫水明の景観を呈していますが、古来、京、大和から伊賀、伊勢方面を結ぶ街道と、和束、信楽方面へ抜ける街道の分岐点としても栄えました。

『山州名跡志』巻16は、この山はもとは木津川の上流、笠置山の麓にあり、南都大仏殿建立にあたってその用材を伊賀国(今の三重県)より筏にして流そうとしたが、 この岩山にせかれて通ることが出来なかった。そこで良弁上人が笠置山に立て籠って千手の秘法を修したところ、一天にわかにかき曇り、雷鳴はとどろきわたって岩を打ち砕いてしまったので、ようやく材木を流すことができた。その砕けた岩山の一つは瓶原に流れとどまって流れ岡となりもう一つは、 綴喜郡(京田辺市)の飯岡となった。と伝えています。