本文へスキップ

美しい自然・寺社・文化財の町 加茂

行ってきました! ふるさと散歩 WALKING

平成29年2月11日(土) 
~西木津の古代遺跡を巡る~(約6km)


 

◆法泉寺

十一面観音菩薩立像(重要文化財)は瓦製社殿(1446)と共に、年間京都国立博物館に寄託されていましたが、H27年に帰還されました。像高、檜材の一木造りで 11世紀(藤原時代)の作と考えられています。当山は旧名蓮花山安養寺といい、万治年間(1658)年頃の開基で貞享(1686)年に法泉寺と改称。明治初期には専教寺・妙法寺・地蔵院が合祀され、地蔵院は別名「薬師さん」として親しまれ、戦前は東向きの観音さんとして参拝されていました。

「南山城三十三所観音霊場」十番、「山城西国三十三番巡礼」十一番礼所


 

◆一里塚

奈良から一里

松の木の葉が3本あり、めずらしいそうです。

 
           

◆相楽山銅鐸と大畠遺跡

昭和57年(1982)、平城丘陵の一画・平城ニュータウン造成予定地内の樹木伐採・伐根作業中に木の根元とともに銅鐸が発見されました。出土した銅鐸は高さ40.5cm,重さ1.9kgの中形品で袈裟襷文様が施されています。

相楽山銅鐸を使って祭祀を行ったムラと推定されているのが、銅鐸出土地から北東に200m程行った所にある大畠遺跡です。遺跡の調査では、弥生時代の一般的な家である半地下式の竪穴住居三棟のほか、一辺10m以上の溝を四角く掘り、その中央に棺を納めた墓(方形周溝墓)も一基見つかっています。


◆音如ケ谷瓦窯跡

和銅元年(708)平城遷都決定後、宮殿や役所の建設に向けて葺かれた瓦は数百万枚と言われています。都に近く、材料となる粘土、燃料に恵まれた平城山丘陵のあちらこちらに窯が(西の方から乾谷・押熊・山陵・音如ケ谷・歌姫・市坂・梅谷瓦窯等)作られました。

如ケ谷遺跡公園として2基の瓦窯跡レプリカ原寸大)が設置され、公園整備されています。1979年の発掘調査より4基の瓦窯跡と数棟の掘立柱建物が発見されました。瓦の文様から「法華寺」の創建瓦を焼いた窯であることがわかりました。

 
 

◆歌姫西瓦窯跡

本日の散歩の説明はこちらをご覧ください
(PDF
ファイル)

 

copyright©2016 Furusato Annai Kamo ;all rights reserved.