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美しい自然・寺社・文化財の町 加茂

行ってきました! ふるさと散歩 WALKING

平成28年9月17日(土) 〜瓶原の彼岸花を愛でる〜(約5km)


 9月17日(土)加茂駅西口に集合


40名以上のかたにご参加いただきました。
恒例の準備体操で身体をほぐしました。

台風の影響が心配されましたが、薄日も差して二ヶ月ぶりの散歩へ出発です

 ◆船屋を通って木津川南堤防へ

奈良と伊賀を結ぶ伊賀街道、奈良と近江方面を結ぶ信楽街道の中継点・宿場町としても重要な位置を占めていたところです

昔は通りが人で埋め尽くされるくらい賑わったようです
 
  ◆百人一首の碑

木津川の両岸に碑がありますが、今日は北側の碑を見ました

大伴家持の歌 「今造る 久邇の都は山川の さやけき見れば うべしらすらし」が刻まれています
 ◆木津川の堤防

大伴家持の歌を見た後は、河原恵美寿神社に向かって木津川の北側堤防を歩きました
 
   ◆木津川の堤防

普段は雑草と一くくりにされる植物たちも、それぞれ花を咲かせ存在をアピール

その中でも彼岸花は存在感ばつぐんです
 河原恵美寿神社

・社殿は権現造りの様式をとり入れ、高床式社殿で海の神様の雰囲気があります

元弘元年、後醍醐天皇が笠置山に籠もった時、楠正成の呼びかけで四国徳島から加勢した松浦一党がその後、瓶原に止まり河原の辺りに住居を構えたといわれ、恵美須神社は一党が氏神様として祀ったのが始まりとも言われています
 
  河原恵美寿神社から恭仁神社へ

蒸暑い日でしたが、普段よりゆったりとしたペースで歩きました。
  河原恵美寿神社から恭仁神社へ

奈良と伊賀を結ぶ伊賀街道、奈良と近江方面を結ぶ信楽街道の中継点・宿場町としても重要な位置を占めていたところです

昔は通りが人で埋め尽くされるくらい賑わったようです
 
   恭仁神社

もとは菅原道真を祭った天満宮でしたが、大極殿跡の東にあった御霊神社の祭神、早良親王とその布陣が本殿に合祀され恭仁神社と改名されました。
本殿は文久三年(1863年)8月、春日若宮の社殿を、ここに移建されたもので春日造りの形式をよく伝えている貴重な建物です。神社の配置は、中世以来の伝統ある配置で京都府下では三社のみです。
 猫坂を通って、恭仁京跡へ

 
   猫坂を通って、恭仁京跡へ

ソバの花の白がとても美しく、この後変身するであろう蕎麦にしばし心を巡らせました
 恭仁宮大極殿跡に到着

740年12月に恭仁郷に新しい都を置くことが決まりました。貴族や豪族たちが奈良の都から移り住んでしましたが、わずか4年弱で難波京に都は移され、恭仁京は廃都となってしまいました

大極殿跡には、内藤湖南の筆による碑が建っています
 
 

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